【コラム】最後のセルフタイマー王 灼熱写真展

掲載日:2015年12月03日 トピックス    

執筆/坂下浩康

YOU WILL BIKEの画像

粟野 泉 & Buell X1 Lightning MILLENNIUM
Izumi Awano

先日、群馬のバイク屋さんに取材に行ったんす。

そこは自転車屋さんからスタートして創業60年くらいの老舗なので、創業間もない頃のはないかもだけど、昭和の、いにしえ臭~(杏調)ほとばしるモノクロの写真が大量にあるだろうと踏んで。

事前に「昔の写真があったらお手数ですが発掘しておいていただけると助かります」とお願いしたところ、「ん~……あるかなあ。探してみます」とのお返事。

面倒ですよね。俺だってそう頼まれたらスッと探し出せる自信はない。ま、でも、何枚かは用意してくれるでしょ~。つって着いたら社長さんはお客さんと商談中だったんですが、「ちょっとお待ちくださいね」とコーヒーを出してくれた奥様と話していたら衝撃の事実が判明しました。

なんとそのバイク屋さんは数年前、放火され、バイクは煙で黒ずんだくらいでほぼほぼ無事だったけどお店は半焼。大切な思い出の写真が全部燃えてしまったというのです。

ぬえええええーーーーっ! 放火魔のバカヤローッ!(懲役9年とのこと)群馬来ちゃってるし~。

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軽くさかのぼるとSRからVMAXカナダ仕様フルパワーからビューエルに乗り換えて15年オーバーの粟野さん。「いまだにどんなバイクと並んでも俺のバイクが最高だって思える。なんかしらの理由でビューエルに乗れなくなったらもうバイク降りるかもですね。そしたら軽トラに乗ってると思います」

取材前や取材後にくっちゃべっていると、大相撲談義になったり海産物トークが止まらなくなったり、昔乗ってたバイクの話になったりすることがあるわけですが、「高校時代はナチヘルかぶってパンタロン風に改造した学生ズボンでスティードに乗ってましたね」なんて聞いたら、わ。そのパンタロン写真ないんすか! 見たすぎなんですけど中川さん!(実名)……ってなるじゃん。

でも人間には2種類あるわけですよ。まずはほとんどゼロの人。でもってゼロにも2つのゼロがある。持ってたけど諸般の、離婚して引っ越した時にどっかいっちゃったとか再婚したら新しい奥さんに前の嫁さんが写ってる写真ごと全部捨てられちゃったとかいう諸般の理由による不本意なゼロ。そしてそもそも撮ってないという真性のゼロ。

でもその一方には、フチが切り干し大根の煮汁みたいに茶色く染まった紙焼きの写真を大事に取っておいてある人がいます。そういう人は「昔の写真ないっすか?」「実家に行けばあるかも!」ってな感じで、自分の部屋が学生時代のままの状態で残っていたりする。押し入れの中には、神社で賽銭箱の前に立った時とよく似たニオイを発する昭和のバイク雑誌に紛れてプレイボーイとか平凡パンチとかGOROとか写楽、それに伴うキャンディーズのキリヌキや大リーグ時代の片平なぎさのポスターが眠っていたりする。だから皆さん、昔の写真は捨てずに取っておいてください。コネタの宝庫なんで。いつの日かイジらせてください。

そんな感じで粟野 泉さんちにお邪魔したところ、大量の地図と一緒に発掘されたのがオーストラリアツーリングの写真でした。

それがまーよくあるというか、ひとり旅だとそうならざるを得ない、エアーズロックの前にバイクがぽつーんってな感じのものかと思いきや、ほとんどが全力投球のセルフタイマー写真。今ならポケットから携帯出してピッてやってシャッて撮って終わりなんだろうけど手間が全然ちゃいますよ。

1枚1枚、汗が見える。いちいちバイクを停めて荷物のヒモをほどいて三脚下ろしてカメラをセットして1回ファインダーを覗いて構図をチェックして自分が入り込む位置を確認して、シャッター押して走ってカメラ目線。1枚1枚、三脚で固定されたカメラから撮影ポイントまでの数秒のドラマがある。

旅は粟野さんが大学4年生の時だった。1年の休学をバイトに費やして100万円を貯め、オーストラリアに旅立ったのは2月のこと。2ヶ月続いたひとり旅。他に誰もいないから恥ずかしいとかまったくないだろうし、走る以外にやることなくてヒマってのもあるかもだし、そりゃ撮るよな。そりゃセルフタイマー王にもなるわな。

ということで最後のセルフタイマー王、写真展、いってみゃ~っす。

余計なことしかしない。蒼き魂が生んだ珍芸の数々

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シャッターボタンを押して立ち位置まで走り、ハイチーズでカメラ目線……という基本的なセルフタイマー写真からの逸脱っぷり。そしてそのバリエーションの多さ。それがセルフタイマー王のセルフタイマー王たるゆえんである。この1枚は脱ぐ&ポーズの定番に加え、メットを前後逆にかぶってゴーグルを装着するという手間が掛かる割には分かりにくいボケが入っているところが高得点。セルフタイマー王って長いんで以下セルフ王でいきます。

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寝転んだ顔面と向こうに伸びる舗装路のクリアランスが絶妙。いったいどこまでが計算でどこからがたまたまなのか。たぶんほとんどたまたまだろう。

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体力が有り余っているとしか言いようがない1枚。写真とはいえスゲー久しぶりに逆立ちしてる人を見たような気がする。日本の逆立ち界はこのままで大丈夫なのか内村!←逆立ち界じゃなくて体操界

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なぜ倒れる? 周りにクルマが停まってて人がいそうな場所なのに。立つのか寝るか、逆立ちするのか倒れるか。その判断基準がどこにあるのか興味深い。

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なぜ隠れる? 「つかここお店ですよね。お土産屋さんかなんかで。奥に店員らしい人もいるじゃないすか。その人に頼めばいいんじゃないすか?」とか言っても無駄だ。セルフ王だから。

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珍しいアップ目のカットの裏にはシャッターを押してからバイクの向こうに移動してしゃがむという人知れない努力が隠されている。努力か?

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珍しくピースサインのセルフ王。テーブルの上にショウユと塩と味の素みたいなのが見えるのが愛おしい。今回の写真の中で一番オーストラリアっぽさが弱い1枚。しかしなぜ潜った? 地震か?

孤独との戦い。その果てにたどりついたのは灼熱のひとり上手

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噴水が吹き上がるタイミングとシャッターが切れるまでの秒数を、たぶん「い~ち、にぃ~」って口で数えて計算しての1枚と推測。中腰のポーズにはおそらく大した意味はない。赤土の大地、土まみれの泥まみれなルートからの解放感も込みでのVS噴水。セルフ王としては闘志を燃やさずにはいられなかったのだろう。

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もう普通には写れない身体になってしまったセルフ王は、定番に甘えることなく新ネタを模索。ひとつ間違えば腰をやらかしてツーリングが終了しそうなポーズにも果敢に挑戦。

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例によってポーズに意味はないと思うが、上げた左足のつま先と写真向かって右側のエアーズロックの端っことのクリアランスが絶妙! ここまで計算してのポージングだったら脱帽だ。

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立ったら牛が見えないじゃないか。ってことで自分ではなく牛優先。牛にやさしく。ガンバレって言ってやる。

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突然現れた人間に恐れをなしたカンガルーが檻の隅に避難しているようにしか見えないし、ポーズも普通。ま、オーストラリア名物ってことでセルフ王的には押さえの1枚だろう。

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こちらもオーストラリア名物のロードトレインに正拳突きを喰らわすセルフ王。セルフ王は極真空手に心酔していた時期があるのでチョイチョイ空手寄りのアクションが出てきます。

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白く飛んじゃってるので伝わりにくいかもだが、向こうに流れる川はそこそこの濁流。水モノが少ない中で新鮮な1枚だ。

自撮りの森で迷子になろうよ、いっしょに。

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ジャージを脱ぎ捨ててのウンコ座りでガンを飛ば……してるのかもしれないがド逆光。そんなの関係ない。だって雲がカッコいいから。

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しゃがんでいるだけなのかと思いきや、両手で全身を支えながら両足を浮かせている。よく見ないと分からない部分に惜しげもない全力投球。これぞセルフ王の真骨頂だ。

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我、荒野に1人。セルフ王は非常にマメなので一応、旅人旅人している常識的なカットも押さえている。ネタを繰り出す気力がわき上がってこなかっただけかもしれないが、食べているのはセブンイレブンのおにぎりじゃないことは確かだ。

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現像が上がってくるまでそれを確認できないというフィルム写真の醍醐味を一番味わえるのはセルフタイマーかもしれない。出てこい! 平成のセルフタイマー王!

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オーストラリアの日光江戸村的な観光地(たぶん)に紛れ込むセルフ王。気分は『駅馬車』のジョン・ウェインだ。←アメリカ映画だよ。

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ウンコ型の奇岩の群れにどうしようもなくテンションが高まって思わずウンコポーズ……ってのは推測だけど、それが写真の楽しみ方ですよね~。

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荷物が降ろされ、衣装も着替えているところを見るとキャンプ設営前の夕暮れどきでしょうか。地平線とバイクと俺。にしても絶望的に何もないところですねここは。

当たって砕けろ的にホンダに行ったらスッゴい紳士的で。

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ホンダから紹介された現地ショップで手に入れたのはXL350R。40万チョイで購入後、ツーリング後は20万で買い取ってくれたという。「レンタルより全然安かった。ホンダに感謝です」。なんとなくだけどカンフーの達人っぽいショップのオーナーさんが手にする携帯電話(だと思う)がデカい。

ちなみに粟野さんのひとり旅、バイクは現地調達だった。行きゃ~なんとかなんだろ的な?

「たまたま読んだプレイボーイにオーストラリアを走ったヤツの記事が出てて、当たって砕けろ的にホンダに行ったら向こうのショップを紹介してもらえたって書いてあった。じゃあホンダ行けばいいんだってアポ取って青山行ったらスッゴく良くしてくれてまして」

ホンダで? しかも本社で?

「担当の方はスッゴく紳士的だったし1対1で話をしてくれましたよ。僕もビックリしましたね。ショップのリストとかいろいろもらって『気を付けて行ってきてください!』って……もう至れり尽くせりで」

大学生の粟野さん、つまり企画書とかあるわけでもなく手ぶらでやってきた素人相手に紳士的かつ至れり尽くせり! スゴいぞ、ホンダ!

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ホンダが用意してくれた資料は大切に保管されている。酒のツマミとしてもサイコーかもなー。

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粟野さんにアドバイスをくれたホンダマンにはたどり着けなかったけど、ホンダ広報の高山さんが「海外ツーリングのピークだったと思う」80年代の話を聞かせてくれたので抜粋して一言。「冒険という言葉を普通に使っていましたよね。今は損得抜きで冒険という夢を掲げている人はほとんどいなくなっちゃったんじゃないかと」。一言と見せかけてもう一言。「アフリカを走るなんて夢の夢でしたけど、『地平線を目がけて走りたい!』とか漠然とした憧れがあり……だから今、あなたの夢はなんですかって聞かれても出てこない。聞かれて『あとでちょっと考えてみます』って、それはもう夢じゃないんですよ」。それはもう、夢じゃない。いいコピーだなあ。パクろっと!←ダメだよ。

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