ホンダ VFR400R(1986) 絶版ミドルバイク

ホンダ VFR400R(1986)

掲載日:2016年06月03日 記事カテゴリ 絶版ミドルバイク   

文/柏 秀樹(柏 秀樹のライディングスクール『 KRS 』)

記事提供/ロードライダー編集部

※この記事はカスタムNo.1マガジン『ロードライダー』の人気企画『ミドルバイク流星群』を再編集したものです

HONDA VFR400R(1986)
レースでは直4からV4のホンダへと転換。その流れを受けてVFはVFRに。レースでの活躍は中核クラスのV4人気を高めていった。

V4人気を一気に高める

1980年代半ばのホンダ・ミドルスポーツの動向は実に興味深かった。安定した高いパワーとクリーンさを求めて、エンジンが空冷から水冷へ主流が移る時期に4ストローク車でのレースの軸をV4に移行し、市販車も合わせて直4との2本立てにした。これは文字にする以上に難しいことだ。作ることがでなく、異なるエンジン形式の中に、統一されたホンダらしさを作ることが難しいのだ。

この2形式並列は、1982年末のVF750Fと、ミドルで初代V4となるVF400F発表時に明確化された。VF750Fは1983年からのAMAスーパーバイク750cc上限化。また、1984年からの世界選手権戦の750cc上限TTF-1移行に合わせるべく、開発されていた。

一方のVF400Fは、まだその時期になかった。鈴鹿8耐と併催される4耐では1982年には同じホンダの直4=CBX400Fがポールで優勝はZ400GP。VFは翌1983年にポールを取るも優勝はCBX。VFが勝つのは1984年、TTF-3が新設された年のこととなった。

この間、1984年初頭にはフルカウル仕様のVF400Fインテグラが追加されたが、こと400クラスでは、まだレースイメージも直4のものだった。1983年末にCBXの後継として登場したCBR400Fは角型フレームで、1984年5月には耐久レースイメージのデュアルヘッドライト+ハーフカウルのCBR400Fエンデュランスを追加。同じく7月にフルカウルの同F-3、1985年にはF-3をシングルシートカウル化と、レプリカ度も直4が先行した。

これが今回紹介するVFR400Rの登場で、一気に変わった。1984年のTTF-3ではヤマハFZR400+江崎正が獲ったチャンピオンを、1985年はホンダRVF400+山本陽一で奪回。ファクトリーRVF750での世界耐久選手権チャンピオン獲得。これらのイメージで1986年4月に、VF400Fの後継としてVFR400Rが発売された。

VF400Fから4年の間にV4のレースイメージが高まり、TTF1/F-3化したところで圧倒的な強さを見せ、市場にその人気を持ち込む。カウル形状もアルミツインチューブフレームも、レース直系をアピールした。発売から3カ月をおいた7月には、RVF山本車譲りのトリコロールカラーが施されたVFR400Rスペシャルエディションが限定1,500台投入されて、より人気を高める。今回のカタログはそれだ。

V4人気は、時代を象徴する新メカの積極導入にもアシストされた。その代表格が先述のアルミツインチューブフレーム。レースにはこれ、という最新技術を視覚的にもアピールする。ホンダ独自のカムギアトレーンもそうだった。同年の水冷直4車、CBR400Rにも投入され、出力59ps、ボア×ストローク、圧縮比、ギアレシオは両車で共通という統一感は作りつつも、CBRでは精緻のイメージ、VFRではレース用ハイメカのイメージと作り分けた。CBRが17/18、VFRが16/18インチという点からは、VFRが先に開発されたということも分かった。

実際に走り込むと2台の差は明確だった。直4のCBRはあらゆる速度域でハンドリングが自然で、高回転時の胸のすく伸び感が光った。対してVFRでは低速の粘りはやや希薄ながらも中高回転域では図太いトルク感が味わえた。ハンドリングも高荷重を与えるほど高い接地感と高い旋回力を発揮。上級ライダー向けと思える味付けに感じられた。この傾向は以後数年続くが、このキャラクターの作り分けで、お互いの存在感は高められたようだった。

この後VFRは1987年にはプロアーム装備のNC24、1988年末にはNC30へと進化する。その次の変化は1994年のRVF(NC35)というくらいに完成度が高く、今もNC30に多くのファンがいるのもうなずけるほど。その原型となったのは、この初代VFR、NC21だったのだ。

カタログは時代の証明。カタログで知る名車の系譜…

VFR400Rの兄弟車としてカウルレスのVFR400Zが、少々遅れての1986年4月15日に発売。400Rの変形1灯に対しての丸目2灯のヘッドライトが強烈なインパクト。スペックは重量差4kg以外、400Rに同じ。カタログにないが当時の公式データでは最高速度175km/h

この時期のホンダは750/400で、直4とV4の2本立て戦略を強く推し進めた。鈴鹿8耐や1984年からのTTF-1、F-3ではV4で多くのレースを席巻。技術的にはカムギアトレーンの採用で高回転時の正確なバルブタイミングとフリクションロス低減を強くアピールし、ホンダの象徴的な技術となった。単体で180度のクランク(サービスマニュアルでは90度Vバンクなので270度位相と表記した)の採用で、低振動と歯切れの良いエキゾーストサウンドを実現した

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