【2012 マン島TTレース】 第1回 いよいよ始まりました、105年目のマン島TTレース

掲載日:2012年06月07日 フォトTOPICS    

取材・写真・文/小林 ゆき  取材協力/マン島TTレース公式サイト

世界でもっとも長い歴史を持つ議会、ティンワルド。毎年7月、年に1回はティンワルドの丘で青空議会が行われます。マン島TTレースの開催もこのティンワルドで議決されました。また、1907年から1910年までのTTレースは、このティンワルドの丘がスタート地点でした。

オートバイの聖地
マン島TTレースとは?

「マン島」とか「TTレース」という単語を、バイク乗りなら一度は聞いたことがあるでしょう。マン島TTレースとは、1907年から始まった現存する世界最古のオートバイのレースで、その歴史、ステイタスともに世界最高峰のレースと言って間違いありません。このマン島TTレースに1996年から通い続けている小林ゆきが、今年、【TT-Zero Challenge】 という電動バイクのクラスに参戦する 『Team無限』 の参戦レポートも含め、数回に渡り、レポートをお届けします。

さて、マン島TTレースとは何か。その前に、マン島──この不思議な島について簡単に解説してみることにしましょう。

マン島は、イングランドやウェールズ、スコットランドのあるグレートブリテン島と、イギリス連合王国の北アイルランドと、アイルランド国のあるアイルランド島、このふたつの島のちょうど中間に位置しています。よく日本の新聞などでは「イギリスのマン島」とか「イギリス領マン島」と書かれていたりしていますが、これは誤り。実はマン島は独立した地域なんです。マン島は連合王国には属せず、独立自治を保っています。ただし、外交はイギリス王室に委ねるとの法律があるため、外交や軍隊、為替相場などはイギリス(日本語で言うところのイギリスとはたいがい U.K. 「連合王国」のことを指す)に準じます。ですから、マン島の王様はエリザベス二世女王ということになるのですが、マン島は独自の議会がありますし、首相もいます。当然ながら、イギリスの議会にマン島からの議席はありません。強いて言うなら「イギリス王室に属する独立地域」でしょうか。英語では「クラウン・ディペンデンシー」などと呼びます。マン島は U.K. ではありませんが、イギリス連邦(コモンウェルス)には属しています。イギリス連邦とは、カナダやオーストラリアも属する、旧大英帝国に関連する国や地域の緩やかな連合体のことです。

なんだか、ややこしいですね。まぁ、英国の入国審査官もよくわかってないくらいなんで、細かいことは置いといて。

マン島の現在の人口は約8万5,000人。島の大きさは、日本の淡路島や佐渡島とほぼ同じです。主な産業は、オフショアやタックスヘヴンなどと呼ばれる税制優遇策を背景にした金融業が第1位で、第2位は IT 産業となっています。もともと、観光立国でしたが、現在では観光の産業に占める割合は約3%と低くなってます。それでも、「TT」をはじめとするモータースポーツはマン島を代表するアイコンとして、諸産業に影響を与えています。

そのマン島で初めてモータースポーツが開催されたのは1904年のこと。19世紀終わりごろに自動車が発明され、20世紀初頭には各国で実用化に向けメーカーが誕生し、その性能を競うレースがヨーロッパ大陸で盛んになりました。

当時の国際的モータースポーツは、長距離を走る都市間レースが中心で、公道を使って行われていました。というか、初めてのレース専用サーキットが誕生したのは1907年イギリスのブルックランズなので、大規模なレースは公道でやるしかなかったんですね。

ヨーロッパ大陸で行われていた都市間レースの中でも、ゴードン・ベネット杯はとくに有名で、イギリスの自動車メーカーはヨーロッパのメーカーに後塵を拝していました。これに危機感を持ったイギリス自動車協会がブリテン島でレースを行うことを画策したのですが、当時の自動車は排気音がうるさいし、排気ガスが臭いし、舗装路がほとんどなかったためタイヤが巻き上げる土埃などの問題があり、反対派が多く、公道レースを開催することができませんでした。

これに対して、独自の法律を持つマン島ならレース開催に向けた法律改正が可能だし、マン島側としては観光の目玉が欲しいという事情もあり、イギリス自動車協会とマン島政府双方の思惑が一致して、ゴードン・ベネット杯の予選会がマン島で開かれることになりました。

1904年のゴードン・ベネット・トライアルは、4輪だけでなく、3輪、2輪もレースに参加し、マン島をほぼ一周する長距離のコースで行われました。このゴードン・ベネット・トライアルの成功をもって1905年、正式に TT レースが始まりました。と言っても、1905年の TT は4輪のためのレースでした。

ちなみに “TT” とはツーリスト・トロフィー(Tourist Trophy)の略で、レース専用のレーシングマシンではなく、一般公道向け実用車のためのレースを意味しました。

そして、2回の4輪TTの成功をもって1907年、初のオートバイだけの TT レースが開催されました。現在と違うのは、当時はアップダウンが大きく長距離の TT マウンテンコースはオートバイでは完走できないだろうということで、いまよりもずっと短いセント・ジョーンズ・サーキットが使われたことです。オートバイの TT が、現在の TT マウンテンコースを使うようになったのは1911年のこと。昨年は TT マウンテンコース100周年が盛大に祝われました。

やがて4輪の TT レースは廃止され、TT と言えば「オートバイの公道レース」を指すようになりました。

世界大戦終結ののち、1947年に TT が再開され、1949年には第1回目の世界選手権グランプリ開催の地として、マン島 TT が選ばれました。現代の TT レースは、スーパーバイク TT、スーパーストック TT(1,000ccなど)、スーパースポーツ TT(600ccなど)、サイドカー TT(F II :600ccエンジン)、TT Zero(電動バイクなど)、そしてシニア TT の各カテゴリーが開催されます。シニア TT というカテゴリーを説明するのは難しいのですが、簡単に言うと、TT ウィーク中、最速のライダー決定戦のような意味合いがあり、サイドカーをのぞくレース上位のライダーによって競われます。

うーん、だいぶ説明が長くなってしまいました。続きはまた次回!!

フォトTOPICS(写真点数/6枚)

0119世紀終わりに普及した蒸気自動車。「ライト・ロコモーティブ」と呼ばれていました。イングランドでの制限速度は悪名高き「赤旗法」により、時速4マイル(約6km)で、前方に赤い旗を持った係員がいなければいけないというものでした。

021911年に優勝したアメリカのインディアン。昨年、TTマウンテンコース100周年で優勝マシンがお披露目されました。

03普段のグランドスタンド。スタート地点はご覧のように普通の道路で、TTウィーク中にはフェリーに乗ってやってきたたくさんのビジターのバイクで埋めつくされます。

04有名なバンテージポイント(見どころ)、クレッグ・ニ・バー。マウンテン・エリアの最後のエリアにあたり、1kmほどある下り坂を、時速250キロ以上で駆け下りてきます。このあと住宅街に戻っていきます(写真は昨年の様子)。坂の上に見えるのはケイト・コテージ。民家です。コーナーのアウト側には飲食店とグランドスタンドがあり、スタンドのチケットは早くから売り切れる人気スポットです。

05TTでは往年の名ライダーが走るパレードラップもしばしば開催されます。昨年は写真のようなTT100周年を祝うパレードなどが行われました。今年は、ケビン・シュワンツ(スズキ GSXR-1000)、ランディ・マモラ(ドゥカティ パニガーレ)、フィリップ・マッカレン(ドゥカティ パニガーレ)、カル・クラッチロー(マシン未定)、イアン・ハッチンソン(マシン未定)らが走る予定です。

06今年のマン島TTの電動バイククラス、TT Zeroには、日本から『Team無限』が参戦します。完全オリジナルのカーボンフレーム、水冷のマシンで、ライダーはマン島TTで目下、最多勝を誇るジョン・マクギネス。写真は3月3日、全世界に向けて発信された鈴鹿ファン感謝デーでの発表記者会見の模様です。

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