【TRACER900】箱根・芦ノ湖で高いタンデム性能を満喫(アウトライダー菅生)
掲載日/2018年11月28日
取材協力/ヤマハ発動機販売株式会社
撮影/柴田雅人  レポート/菅生雅文  構成/アウトライダー、バイクブロス・マガジンズ

タンデムも安心して楽しめる車体構成

妻とタンデム・ツーリングへ出かけることになった。実に10年ぶりのことである。妻は年齢を重ねるにつれ、バイクの加速感やスピード、コーナリングなどに怖さを感じるようになり、ちょっとした街乗りにさえ付き合わなくなっていたのだ。今回、なぜタンデムすることになったのか。それは車両がヤマハTRACER900だったから、というのが大きな理由かも知れない。アップライトな乗車姿勢、フラットで座りやすいリアシート、握りやすいグラブバーなど、車両を見て「これなら怖くなさそう」と感じたようである。オプションのサイドケースが装着されていたのも安心感を高めた理由のひとつだろう。女性は出かける際に必ずバッグ類を持つものだが、パニアケースに放り込んでしまえば、両手も身体も自由になる。左右のグラブバーを握るもよし、ライダーの腰に手を回すもよし。走行時の状況に応じてライダーやマシンに安心して掴まることができるのだ。

行先は「箱根・芦ノ湖」方面。まずは神奈川県厚木市から小田原厚木道路を終点まで走り、箱根ターンパイクを目指す。走行風による疲労を低減させるため、フロントスクリーンをもっとも高い位置まで引き上げた。スクリーン上部の縁が目の高さ近くまで上がっても、高速道路では視線を遠くに置くので、まったく気にならない。従来モデルよりも表面積が拡大されたフロントスクリーンは、5mm単位で10段階に高さ調整でき、整風効果が高い。

オプションのサイドケース(片側22リットル、税込価格7万4,520円)は蓋がフラットで全体的にもスリム。装着しても車幅が大きくなり過ぎない。ハンドル幅より広くなると、ガードレールや他の車両にサイドケースを擦りはしないかと不安になるものだが、気にせず走ることができた。ヤマハスポーツバイク取扱店では、2018年12月28日までの期間中にTRACER900(※GTを除く)の新車を成約した方に16万2,000円分(税込)のクーポンをプレゼントしている。買うなら今がチャンスだろう。

D-MODE(走行モード切替システム)が活躍

小田原厚木道路を降りるとすぐに、箱根ターンパイクの入り口だ。ターンパイクはご存知の通り、ぐいぐいと勾配を上げていく延長約15.8kmのワインディング・ロード。いつものようにソロだったら、TRACER900のトルクフルな走りを堪能しようとコーナーに突っ込んでいきたいところだけれど、今回そうはいかない。後ろに乗る妻に恐怖感を与えないよう、加速も慎重に。TRACER900には、出力特性を3段階に切り替えられるD-MODE(走行モード切替システム)が搭載されている。標準モードの「STDモード」と、よりシャープでダイレクトなレスポンスを発揮する「Aモード」、穏やかで扱いやすい出力特性を楽しめるモード「Bモード」とあるうち、迷わず「Bモード」へ。スロットル開閉に対するレスポンスが滑らかになり、妻も安心して周囲の風景を楽しめているようだった。箱根ターンパイクは、そもそも観光道路。春は桜、夏は新緑、秋は紅葉が美しい道だし、伊豆や湘南の海が遠望できたりと、ビュースポットも多い。僕らは普段、「走り」ばかりを追及してしまいがちだが、こうやってのんびり走ると見え方や感じ方も変わってくるものだなとあらためて実感した。

TRACER900はアシスト&スリッパークラッチも装備。クラッチレバーの操作が軽くなるだけでなく、シフトダウンで発生するエンジンブレーキを滑らかに抑えてくれる。急激なバックトルクによる車体挙動が抑止されるので、シフトダウン時、僕がうっかりラフな操作をしてもTRACER900はスムーズに減速。パッセンジャーの上体が前へ大きく振られずに済み、ヘルメットが「ごつん」とぶつかることもなかった。

ターンパイクの箱根小田原本線の終点・大観山には、食事や休憩に向くスカイラウンジと、広々した駐車場がある。芦ノ湖の向こうに富士山がそびえる景色が素晴らしい。ここからの眺めも、ターンパイクの大きな魅力となっている。

意のままに扱える万能性も持ち味

大観山からは、箱根峠を越えて芦ノ湖スカイラインへ。紅葉にはまだ早かったけれど、眼下に芦ノ湖を、三国峠では駿河湾から伊豆半島までをも見渡せ、眺めは充分。芦ノ湖スカイラインは、終点から続く箱根スカイラインと合わせ、約20kmの長いワインディング・ロードとなる。途中、信号機ひとつないので、走りと景色を悠々と楽しむことができる。

僕は見通しの悪いコーナーで車体をバンクさせるとき、いつもならリーンアウトで車体を寝かせ、できる限りコーナーの奥へと視線を送るようにしているのだが、今回はパッセンジャーである妻のことを考え、すべてリーンウィズに終始した。車体を振り回すような走りをして、怖がらせてはいけない。加減速も穏やかに、だ。

TRACER900が搭載するDOHC直列3気筒エンジンは低回転域から十分なトルクを発生させるので、エンジン回転数をほぼ5,000回転以下に抑えて走ることができた。Bモードで5,000回転以下なら、実に優しい走り方ができる。逆に言うと、これがAモードで6,000回転以上なら、胸のすくような刺激的な走りが味わえる。またTRACER900は、3気筒エンジンならではの特性とも言うべき、2気筒エンジンの鼓動感と4気筒エンジンのスポーティさの両面を備えている印象がある。ジェントルな走りからエキサイティングな走りまで、乗り手の意のままに楽しめる優れた万能性を有していると言っていい。

車体の傾きと上体の軸が一直線になるリーンウィズなら、パッセンジャーも安心してライダーに身をまかせられる。リーンインやリーンアウト、ましてやハングオンじゃ、どんな姿勢をしたらいいのかパッセンジャーは困惑するだけだ。

TRACER900はパッセンジャーにとって、実にいい位置にグラブバーがある。しっかりと握ることができる形状で、角度も申し分ない。このグラブバーは大きなリアバッグ、とりわけ横長のバッグをシートに積載する際にも役立つものだ。

走行中、パッセンジャーからは前方がこう見える。リアシートがライダーの着座位置より高いため、身長差があっても視点はほぼ同じとなり、上体の起きたライディング・フォームだから視界が広く、安心感もあるはずだ。

帰り道、「また乗りたい」と妻が応えた

ほぼ10年ぶりとなった、久しぶりのタンデム・ツーリング。距離を伸ばし過ぎるのもどうかと考え、ここで引き返すことに。帰路はターンパイクを使わずに箱根旧街道をのんびりと降り、箱根湯本を抜けて再び小田原厚木道路へ。ターンパイクを使わなかったのは、帰り道だと延々と下りの連続になるからだ。それだとスピードが乗りがちになるし、旧街道ならノスタルジックな風景ものんびり眺められる。

箱根旧街道にある「甘酒茶屋」に立ち寄った。ここは江戸時代から続く店で、昔ながらの製法で作られた甘酒が名物だ。かやぶき屋根の軒下、赤い毛氈の敷かれた縁台にふたりで腰かけて甘酒をすする。冷えた身体に熱と甘みが沁みていく。「タンデム、怖くなかったか」と訊ねると、妻は微笑みながらまっすぐうなずいてくれた。TRACER900がタンデムしやすいバイクだったということと、もうひとつ、僕の運転が昔に比べて穏やかになったのが理由だそうだ。五十を過ぎて僕も落ち着き、スピード以上に乗り味を楽しめるようにもなった。パッセンジャーにも終始、気を配れた。

歳を取るのも悪くないなと考えていると、妻は意外な言葉を口にした。「ここで減速するんだろうな」とか「ライン取りはこうするだろうな」と、後ろで想像しながら自分もライディングを楽しんでいたのだと。「気を遣ってくれているのが分かるから、私も気持ちを合わせよう」と、そう考えたのだそうだ。

小田原厚木道路。自宅まで1時間。後ろから「また乗りたい」と妻の声。翌週末、奥多摩へ行こうと話がまとまった。夫婦ふたり、こんな気持ちになったのも、実に久しぶりのことだ。

箱根旧街道、江戸時代初期に創業したという「甘酒茶屋」。現在の店主は十三代目らしい。かやぶき屋根の店内には囲炉裏もあり、昔にタイムスリップしたかのような雰囲気(車両は撮影のため一時的に店前へ停めています。本来の駐車場は店の隣です)。

箱根湯本。開湯は奈良時代。歴史ある温泉街だけあって、趣に深みがある。今度はサイドケースに旅具を詰めて、泊まりがけで来てみようか。観光客で賑わう古い町並みを、そっと走る。