自分の好きな事象を愛でる時、その対象を写真に収める、というひとつの愉しみ方がある。その行為に必要なカメラは、今ではデジタル一眼レフから携帯電話に内蔵されている小型のものまで千差万別だ。そもそも、カメラの原点を遡ると、1836年頃に最初の実用的撮影技術が起こったと言われている。そこから様々な技術や製品が生まれていったが、今なお当時の製品たちは独特の魅力を放っている。本連載では、そのどうしようもない魅力に囚われつつオートバイへの愛もある一編集者の世界観を届けて行きます。

※横版の写真はすべてデジタルカメラ撮影

オールドレンズとハーフ判が魅せる世界 懐古02 インダスター 5cm/3.5 ②

掲載日:2013年04月25日 ダートライフ    

取材・写真・文/ダートライド編集部  取材協力/PROJECT DOORS

陽射しの向きに制限されないよう
レンズフードを装着してみた

前回 に引き続き、ロシアのИНДУСТАР(インダスター)レンズを使ってみます。あの時の反省点から出た課題はたくさんあるのですが、まず古いレンズに起こりがちな逆光によるフレアがやはり酷いという事がよく分かりました。レンズというものは言うまでもなく光学品で、光をどのように調理するかがレンズ1点にすべて掛かっています。日中屋外の撮影では太陽光線といかにうまくお付き合いするかが勝負の要になりますが、その太陽をカメラマンの背中や頭上方向に背負っている時の光を『順光』といい、写真撮影には好ましい条件と言われています。対して、カメラマンの正面方向に太陽がある場合の光は『逆光』といい、写真撮影では一般的にNGとされています。それは、レンズに直接強い光線が射し込む状態が好ましくないという事であり、夏の強い日差しを人がまぶしく感じるのと同じです。

 

こういった時、人は日除けのために帽子を被ったりサングラスを掛けます。レンズでは、帽子は『フード』という道具に該当し、サングラスは『レンズフィルター』という物があり、また『コーティング』という技術もあります。フードは本当にレトロな道具で、金属かプラスチック製の丸い筒をレンズ先端に着け、レンズに直接入ってくる光を遮ります。フィルターは色が付いたガラスや、遮光する特殊なガラスを使います。コーティングはレンズに於いては、単層コーティングとマルチ(多層)コーティングの2種類が代表的で、古くは単層コーティング、現代ではマルチコーティングが主流になっています。レンズにコーティングをする事で邪魔な光(主にガラスの反射率)をコントロールするのですが、単層コーティングだとその能力は決して高くなく、逆光には到底逆らえません。ところが、マルチコーティングは本当にとても優秀な技術で、フードがなくてもほとんどの条件で光の向きを気にせずに被写体に向き合えます。よほど厭らしいぐらいにギラギラした太陽光線にレンズを向けない限り、写りに悪影響を与えません。コーティングが優秀であればフードは必須ではない、と言えなくもありません(装着を推奨しますが)。

 

インダスターは製造年を考えると、運が良ければ薄っすら単層コーティングがされているかもしれませんが、Nonコーティングと考えるのが妥当です。現に、前回の撮影ではものの見事にレンズに入り込んでくる光線に邪魔をされています。そこであの後、インダスターの本物にあたるライカ・エルマーで使えるフードを探す事にしました。インダスター用があるとはまず思えませんし、エルマーは大量に売れた銘玉でひょっとしたら何かあるかもしれません。すると、いざ本気で探し始めるとあっさり見つかりました。かなりメジャーな商品のようで、程度により値段に変動はありますが、入手は可能です。しかし、ここで問題が発生。ライカを始めとする旧レンズ群のオプション類は、市場でかなりの値で取引されていて、フードだけでウン万円という物が多いです。

本家、ライカ・エルマー 50/3.5用のサードパーティー製フード。インダスターで使用する事も可能だった。

本家、ライカ・エルマー 50/3.5用のサードパーティー製フード。インダスターで使用する事も可能だった。

素直に言えば「ただの鉄の筒に諭吉さんは……」です。エルマー用のフードも、年代によっては側面に誇らしく『LEITZ WETZLAR GERMANY』などと文字が刻み込まれていて、うっとりとはしてしまうのですが、ただの日除けと割り切ればちょっと高いです。おまけに、着けるレンズはコピー品のロシア製。なにもドイツの純正品を充てがわなくてもよいと思い、サードパーティー製がないかと探したら、なんとこれもありました。アルミ製で外観はよく似ていて、色はシルバーとブラックがあります。インダスターでも装着出来るか確認のため、どちらも着けさせてもらい、全体のトーンでシルバーを選択しました。お値段は店舗によりバラ付きがありますが、1,000円以下で購入出来るところもあります。

 

これで着々と用意は整いました。と思いきや、落とし穴。インダスターもエルマーもそうですが、絞り羽根を操作するリング爪はレンズ前面にあり、フードを着けるとこれが邪魔で、指が入れ難いです。オリンパス・ペンFでLレンズを使う場合、鏡胴を縮めてピントを合わせる必要があり(前回で細かく記述)、これは本来の使い方ではないのでレンズがとてもグラついて、ピントをようやく合わせても絞りを設定しようと前面から指を入れるとグイッと押し込む事になり、ピントがあっと言う間に狂います。フードを装着している時は、絞り羽根のリング爪は触れられない、と考えたほうがよさそうです。インダスターのf値は開放で3.5。MAXに絞り込んで16になります。前回のように置き撮りメインであればまだなんとかなるかもしれませんが、今回選んだ被写体は本分のオフロードバイクレースで、相手は動いているので待ったなしです。絞り羽根は固定して、シャッタースピードだけで露出の調整をする事になりそうですが、更に壁なのが絞り羽根の値。f値3.5は羽根が開放の状態ですから、ファインダーを覗き込むと視界は比較的クリアです(ペンFは元々ファインダーが暗い)。しかし、よほど遠景のものを撮るのでなければこの数値は使えません。ピントが合ったその部分からカメラと水平に見て、ほぼ垂直方向しかピントは合いません(被写界深度というやつです)。個人的にはピントの失敗を回避するには、走っているバイクを撮るのにf8.0は欲しいところです。しかし、8.0にするという事は、羽根がかなり絞り込まれていくという事になり、採光が悪くなります。絞れば絞る程、ファインダーから覗く世界は暗くなり、MAXの16にまで絞り込むと、ファインダーから覗いた世界はもはや暗黒面です。今回の撮影、ピント合わせは画面が暗くなるので厳しいですが、f8.0を前提に、さらに失敗が減るようになるべく高速シャッターが切れるよう考えました(手ブレ防止)。

インダスターの絞り羽根は、レンズ前面にあるリング上の爪を回転させる事で無段階に変化する。

インダスターの絞り羽根は、レンズ前面にあるリング上の爪を回転させる事で無段階に変化する。

MAXのf16値まで絞った状態。絞り羽根の枚数は多い方で、ほぼ真円になるため一般的にボケ味にはプラスにはたらく。

MAXのf16値まで絞った状態。絞り羽根の枚数は多い方で、ほぼ真円になるため一般的にボケ味にはプラスにはたらく。

絞り羽根による見え方のイメージ。これがまったく絞らないf3.5値の状態で、ファインダーからの画はクリアだ。

絞り羽根による見え方のイメージ。これがまったく絞らないf3.5値の状態で、ファインダーからの画はクリアだ。

 

撮影日は爆弾低気圧が日本全国を襲う、と騒がれた週末で天気は荒れ模様になるという予報だったので、フィルムに感度の高いコダック ULTRAMAX 400をセレクトしました。感度の低いフィルムを使うと、シャッタースピードが稼げなくなるからです。ところが当日、これが裏目に出る事に。現場は立っているのも難しい程の強風で、雨雲が予想より速く東に流れてしまい、なんと晴れてしまったのです。いつも暗室でフィルムを装填しているので、現地に別の感度のフィルムを持ち込むなどという事はまったくアタマになく、旧いカメラが弱い高速側シャッターを要求される状況になってしまいました(晴天で感度の高いフィルムを使い、さらに絞りたくない時は、シャッタースピードを速める必要がある)。オリンパス・ペンFのMAX値が1/500秒だったため、単体露出計で適正値を測ってみたところ、F16 T1/500という最悪の数値に。f値を稼ぐには(なるべく絞らないようにするには)、もっと速いシャッタースピードが要求され、ペンFにそれは無理。試しに絞り羽根のリング爪を16に回してファインダーを覗いたところ、晴れているのに見える世界は暗黒面……。手持ちで、動く被写体に対してのピント合わせは、もはや不可能です。しかし、もうどうしようもないので「f16だから被写界深度の点では有利だろ」と開き直り、ひたすら「こなんもの?」と勘でピントを合わせて撮影しました。

同じ画をf16値まで絞ってしまうと、ファインダーから見える画はこのように極端に暗くなり、ピント合わせはほぼ不可能。

同じ画をf16値まで絞ってしまうと、ファインダーから見える画はこのように極端に暗くなり、ピント合わせはほぼ不可能。

オリンパス・ペンFはチタンを使ったロータリー式のフォーカルプレーンシャッターを採用し、機械式とはいえ1/500秒を実現している。

オリンパス・ペンFはチタンを使ったロータリー式のフォーカルプレーンシャッターを採用し、機械式とはいえ1/500秒を実現している。

 

そうして上がってきた無補正の紙焼き(印画紙プリント)は、画が白っぽいのが目立ちます。単体露出計の数値をアテにして撮影しましたが、専門家によると露出アンダー(暗過ぎ)のようです。この日、強風で雲の動きが激し過ぎて陽が出たり陰ったりが複雑で、マニュアル露出カメラには最悪だったようです。ネガフィルムはラチュード(露光域寛容さ)が広い、と一般的には言われますが先述の専門家曰く、「ネガでも1/3段ぐらいの誤差が許容値」と言い、1/250秒で切れるシーンのほうが多かったようです。ただ、前回のように三脚固定での撮影ではないので陽の向きは常に変わり、時には逆光もあったと思いますが、フード効果でフレアの現象は1枚もなかったです。フード装着は正解でした。

 

ちなみに、中古カメラの世界ではフードなどの部品を「アクセサリー」と言う事が多いです。ちょっとおもしろいですね。

 

和製エルズベルグを目指す
スクラッチマウンテン開催

今回の撮影対象に選んだのは、2013年4月7日(日)に千葉県の特設会場で開催された、ハードエンデューロ『スクラッチマウンテン』(SCRATCH MOUNTAIN)。数あるエンデューロレースの中からなぜこのイベントを選んだか、というと会場は山砂採掘現場を使用した特殊なロケーションで、戦隊物が最後に敵と闘う、方々で爆発が起きるあの場所そのものです。戦隊物であれだけ発破をしかけてボンッボンッやっているので、あの手の山は基本崩す=壊すのOKが前提ですが、本来は人が歩いたり、ましてやバイクが走れるロケーションではありません。ところが、実は似たシチュエーションで世界的に有名な大会があり、オーストリアのアイゼンエルツにある鉄鉱石の採掘跡地を舞台に行われるオフロードイベント、エルズベルグロデオがそれです。

本場、エルズベルグの様子。倒れるライダー、ロープで引っ張られるマシン、アプローチを待つ順番待ちの列、とどれをとっても別格のレース。

本場、エルズベルグの様子。倒れるライダー、ロープで引っ張られるマシン、アプローチを待つ順番待ちの列、とどれをとっても別格のレース。

メインイベントは『Red Bullヘアスクランブル』と言いますが、エンデューロライダーの間では、エルズベルグで通っています。採石場の敷地内に造られたヒルクライム、ダウンヒル、ロッククライム、ガレ場、ヌタ場といった、とてつもない悪コンディションがこれでもかと続くコース設定で、500人が出走して例年の完走率は3%ほど、という過酷さです。

 

スクラッチマウンテンはシチュエーションが似たこの場所を使い、エルズベルグの日本版を目指したのです。そんな面白そうなイベントが今度あるんだよ、と知り合いから聞いていて、その光景をオールドレンズで切り撮ってみようと思いました。オートフォーカスでもない、シャッターボタンと絞り羽根は連動しない、そんな難しい条件を、ライダーたちの困難さと重ねあわせたのかもしれません。レースは、はじめにビッグオフ限定の30分レースがあり、BMWなどがパリ・ダカを思い出させる走りを魅せてくれました。ちょっとビッグオフにときめいた一瞬です。そして、本番になる60分と150分クラス。お昼前に60分が行われ、傍で見ていても「ぼくは遠慮しておきます」と断言出来るとんでもない場所をバイクが駆け抜けて……、は行けませんでした。各所で難関セクションが待ち構え、前走者がクリア出来ないと後ろはつかえ、レースなのに『待ち』が発生します。上手いライダーが先頭スタートするわけではないので、どうしても要所要所で大渋滞が発生します。

この日、ビッグオフのレースも見物だった。一見、どこの荒地だ? と思うロケーションだが、れっきとした日本の光景である。

この日、ビッグオフのレースも見物だった。一見、どこの荒地だ? と思うロケーションだが、れっきとした日本の光景である。

少しでも周回数を稼ぎたいと焦って、つかえているライダーを避けて違うルートを進むと、そこはベターなラインではないので、こちらもストップ。こうやって段々と砂の深みや滑る路面に手を焼くライダーが増えてきて、エンデューロの難所でよく言われる『地獄絵図』がスクラッチマウンテンでも再現されました。それでも上手いライダーは渋滞をすり抜け次の難所に向かいます。彼らは実に鮮やかです。ようやく深みから抜けだしたライダーたちが増え、コース上にバラけ始めると、思った以上に皆さん周回出来たようです。足場が固く締まった砂地で水捌けがそれほど悪くなかったのと、60分クラスはまだロックセクションが少なかったからです。撮影は、とにかく風が強くて大変です。ペンFは小型カメラなので質量はそれほどでもありませんが、暗いファインダーでのピント合わせは、可能な限り身体を揺らしたくありません。それなのに普通に立っているのも難しい状況で、かなり苦戦しました。台風リポーターの気持ちがよく分かりました。

 

そして、お昼を挟んでとうとう始まった150分クラス。普通、これだけ長い時間のエンデューロだと『耐久系』の色が濃くなり、複数のライダーでチームを組んで周回を競います。ところがスクラッチマウンテンのようなハード系になると、そもそも1周も出来ないかもしれないので、ほとんどのライダーがソロエントリーです。走り続けられても150分ひとりで、どこかでハマってもひとりで脱出するか呆然と立ち尽くすか。まさに、サバイバルな150分間となりました。この頃になると砂場はさらに乾き、60分クラスがあちこちの山を崩して行ったのでライン取りはややイージーな気がします。ところが、150分クラスは根本的にコースが違う……。そしてS度がさらに増す。加えて強風がコーステープや三角コーンをなぎ倒す惨状で、ある程度ライダーがコースを走らないとラインが出来ず、どっちに進めばよいかも分からなくなったのです。一筋縄ではいきません。見どころは、始めにぶつかる大きな水溜りとそこからの激坂アプローチ。元々は、ただの窪地に降りてまた登るだけだったのですが、爆弾低気圧の雨で窪地が沼に化けてしまったのです。早速、登りきれずに転倒するライダー、沼に翻弄されるライダー、運良くも登りきれてもバイクを投げ出してしまったライダー、などなど阿鼻叫喚。バイクがロケット発射で中を舞うなんて、そう見られる光景ではありません……。この瞬間はペンFではうまく捉えられず、仕上がりを見て悔しい思いをしました。デジタルカメラで「辛うじて数点使えそう」な撮影レベルだったので、マニュアルカメラで押さえるのは難しかったです。バイクは走行ラインが読めないので、ピント合わせに神経を集中しがちでどうもダメです。

 

ライダーにとっての次の難所は、Uターンの折り返しにバイクが隠れてしまうほど大きな岩が乱立するセクション。しかも、ただ岩山の間を抜けながらUターンするのではなく、みかん箱5個ぐらいの落差をガクンッと降りて、そこから180度バイクを回転させて再び登らないといけないのです。ロックセクションの遥か手前から登り坂にアプローチ、と思ってもUターンの先は絶壁で下は沼級の水辺だし、そもそも勢いをつけたからといって背丈近くある岩を乗り越えるのは無理です。ここでも多くのライダーがこの悪条件に翻弄され、大渋滞に、激坂でバイクを中に舞わせてしまう光景、先を急ぎたい速いライダーの過激なライン取り、と地獄絵図が再現されました。正直、「皆さん何が楽しいのだろう?」と思わせるほど過酷です。主催者がサドなら参加者はマゾですね。ペンFにインダスター5cmを装着するとやや望遠になるので、このシーンは全景をうまくまとめられず、写真だと雰囲気を伝えられなかったかもしれません。

最大の注目となった、150分クラス。コース設定も最も難しく、多くのライダーが和製エルズベルグと格闘した。Uターンのロックセクション。

最大の注目となった、150分クラス。コース設定も最も難しく、多くのライダーが和製エルズベルグと格闘した。Uターンのロックセクション。

 

写真撮影にとっても難しいレースとなりましたが、爆弾低気圧による悪条件で一部コースをショートカットした結果、ライダーたちの完走率は意外と高く、閉会式で主催者は大いに悔しがっていました。どういうレースなのだか。現地は週末以外は日々採掘が行われているので、ライダーを苦しめたそびえる山も大きな岩も、どんどんと崩されていきます。次開催も来年リベンジも出来ない、この一瞬だけの貴重なレースで、会場にいた誰もがそれを感謝しながら楽しんでいました。後日、動画掲載も予定しているので、その地獄振りを見てみて下さい。

 

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