カブ生活

ゆるカブ第九十五回「カブで昭和に出会う」

掲載日:2019年02月10日 原付漫遊記松本よしえのゆるカブdays    

え・文・写真/松本よしえ

映画「バス停留所」の看板絵は青梅市のバス停「住吉神社前」に。当時は「モンロウ」だったのね。停留所小屋の内部にも「荒野の決闘」の看板絵がありました。道の向かい側の「青梅赤塚不二夫会館」前には「第三の男」や「ティファニーで朝食を」が。

モンローの看板絵に昭和を感じ、カブの歴史に思いを馳せます!

東京の西の端、青梅の空は快晴! 旧青梅街道を奥多摩へとカブで走っていたらマリリン・モンローに出会いました。これ、昭和が青春時代だった世代にとっては懐かしい映画の看板絵なのですが、「あんまり似てないなぁ」ってツッコミは横に置いておきましょう。

それにしてもバス停に看板絵とは不思議な取り合わせですが、じつは青梅市が昭和レトロな街並みで町おこしを企てていた頃の名残りで、名画の看板を再現したものなのです。以前は街中にたくさんの看板絵があったものの大半は撤去されてしまいました。

ちなみに看板の映画「バス停留所」は1956年のハリウッド作品でモンローが亡くなる約6年前の出演作です。映画情報を調べると当時のモンローはすでにスターでしたが俳優養成所で演技を学び、1959年には「お熱いのがお好き」でゴールデングローブ賞の主演女優賞を受賞しています。

そんな経緯を知ったところで改めて看板絵を見上げたらスーパーカブに思い至りました。本田宗一郎氏らが1956年の欧州視察後に着想して1958年にカブが誕生。この映画はカブの原点と同時代につくられた作品なのですね。当時の日本では石原裕次郎の出演作が大ヒットし、映画館は娯楽の殿堂として輝いていた時代。客席は煙草の煙で白くなり、人気映画は立ち見で観るのも当たり前でした。

1960年代生まれのわたしは客席に灰皿が付いていたのを覚えておりますが、おそらくシネコン世代の方はまったく想像できないことでしょう。この看板絵は青梅市のバス停「住吉神社前」の頭上に掲げられ、名画へのオマージュとなっています。カブが登場した時代の残像を、しばし眺めるのはいかがでしょう。

バス停の並びにはユニークな意匠の電話ボックスやオブジェ。市街地には昭和レトロな建物も見かけますが少なくなってきました。やはり老朽化が原因か!

故・赤塚不二夫センセイが1960年代に発表した名キャラクターにも出会います。ひみつのアッコちゃんやニャロメ、イヤミ、ハジメちゃんとママもいる。もーれつア太郎にバカボンのパパ。思いっきり昭和なわたしは名前をぜんぶ覚えていました。

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